第3話『デビュー戦』
バンッ―――!!
満月は勢いよく翡翠のアパートから出て下を覗き込む。翡翠の部屋は2階。必然的に下を見る形となる。
すると、目の前には帽子を深くかぶり顔が分からない人物が立っていた。
敵なのか、味方なのか…。ただ、近くに能力者が居る事には変わりない。慎重に相手の行動を見極める。
「あんたが神崎満月?」
「そ、そうだけど…何?」
容姿の割には高い声。どうみても大人じゃない…。と、いうことは…!!
「俺は”能力者”。お前から”跳躍の才”を貰いにきたぜ…っ!!」
やっぱり!!
満月はぎゅっと拳を握り締めた。翡翠は心配そうに満月を見つめる。
覚悟を、決めなきゃ。
「…翡翠。鉛筆ある?」
「!!」
コイツに勝てなきゃこれから勝ち上がってくる中学生なんか勝てっこない。
だったら、やるべき事は一つ――――!!
「私の”デビュー戦”。華やかに着飾ってみせる…っ!!」
そう言いきった満月には迷いが無かった。翡翠はそれを見て頷くと2Bの鉛筆を3ダース渡した。
それを受け取り箱から全て出してポケットに突っ込む。
「あまり無茶はしないで下さいよ?」
「分かってる!」
「…必ず、戻ってきてくださいね」
「勿論っ!!」
笑顔で満月は翡翠に言った。そしてお互いに握り拳をあわせる。
「健闘を祈ります」
「うんっ」
満月は勢いよく階段を駆け下りた。先ほどの帽子の少年はこちらを見てニヤリと笑う。負けじと満月も微笑んで見せた。
「場所を、変えましょうか?」
「ああ」
広い空き地にやってきた。ここなら一般人に被害がくる事は無いだろう。満月はポケットに片手を突っ込む。
手探りで指の間全部に鉛筆を挟み込み、相手の出方を伺った。
ここはまず相手の能力の”限定条件”を探すのが無難ね…。それさえ封じ込めちゃえばこっちの勝ち…っ!!
早速少年は攻撃を仕掛けてきた。左手で帽子を押さえた後、片手を満月にかざす。
「!!」
瞬時にその場を飛び退く。すると先ほどまで居たところが忽ち氷付けになった。数秒でも飛び退くのが遅かったらきっとその場に足を氷で固定されていた事だろう。しかし満月に休んでいる暇など無かった。次々と満月目掛けて氷柱が飛んでくる。それを一つ一つ避ける。
相手は”氷”…。でも、何で氷が出てくるのか分からない…!!
満月は避けるのに必死で相手の動きを見ていなかった。このまま動き回っていても埒が明かない…!
ヒュヒュヒュ―――ッ
そう判断した満月は着地と同時にナイフを投げる。飛んできた小さい氷柱を瞬時に変えたナイフで打ち落とした。
「ふーん。やるじゃん…」
「…はぁ、…はぁ」
呼吸を整えるために深呼吸をする。
相手に翻弄されちゃ駄目…。今までのは私の体力を削るためのほんの威嚇程度でしかない。
見極めなきゃ…!相手の”限定条件”を…!
「ほらほらー!休んでる場合じゃないよっ!?」
「…くっ!」
また後ろに飛び退く。そこで満月は相手の動きに注目した。
先ほどから同じ体勢…。あれに意味があるのかな…。
鉛筆4本をまたナイフに変え、今度は相手に向かって投げる。
「ちっ…!」
少年はナイフから身を避けるため横に飛び退いた。そして、また左手で帽子を押さえ右手でかまえて氷柱を飛ばしてきた。 満月はそれを避けると少年に向かって走り出した。
能力を出すのにあれが必要なのは間違いない…!!右手で構えるのは氷柱を飛ばすため。だけど、無意味な左手は何…?
……そうかっ!!
技を出すのに態々帽子を押さえる必要なんてない!と、いうことはあの左手が意味するもの。それがきっと彼の”限定条件”…!!
「『命中の才』…っ!!!」
満月は両手に挟み込んだナイフ、計8本を彼に向かって投げた。しかしそれは全て彼の足へと集中されている。
低めに飛ばされたナイフはジャンプをすれば簡単に避けられるものだった。彼はニヤリと笑う。
「どこ狙ってんだ…!!これで最後だ…!!」
「それはどうかな?」
満月が不敵に笑った。少年はそんな満月に訝しんだが気にせず左手で帽子を押さえた。
―――――が。
「な、何っ!!!?」
自分の頭の上に手を置いても帽子を触った感触は無かった。咄嗟に後ろを振り向くとそこには4本のナイフに刻まれた帽子が地面に突き刺さっていた。
「残念でしたっ!」
「いつのまに……そうかっ!あの時か…!」
彼は先ほど満月が8本のナイフを自分に向かって投げてきた時を思い出した。満月はしてやったり、といった表情で彼を見る。その手には2本のナイフが握られていた。
「さっきの8本は貴方に気をとらせるため。本当の狙いは帽子だったのよ!」
「う、うわぁぁぁぁっ!!!」
満月は彼に向かって突っ込んでいった。そしてナイフの柄で彼の鳩尾を狙う。その衝撃で意識を失ったのか後ろに倒れたままピクリとも動かなかった。
「はぁ……やっと終わった…!」
疲れでその場に座り込んでしまう。
ゆっくりと深呼吸をして溜め息を吐いた。
まだ自分が勝てたことに実感がわかない。
「つ、疲れた…」
「お疲れ様です。満月」
「!」
まさか返事が返ってくるとは思ってもいなかったので驚いて振り返る。そこにはいつもと変わりない笑顔で立っている翡翠が居た。
「今回は『命中の才』と『回避の才』のおかげですね」
「み、見てたのぉっ!!?」
「はい。始終全て見届けましたよ」
にこにこと笑っている翡翠にまた溜め息をつく。
本当に、もう…私の神候補は……。
呆れた表情で翡翠を見たあと視界に入ってきた気を失い倒れている少年を見てぐっと奥歯を噛み締める。
「私、今のままじゃ全然駄目な事が分かったよ」
「………」
「ナイフでも切れないものはある。金属とか…。だから、私の弱点をカバー出来るものを考えなきゃ…。」
「満月……」
さっきだって、小さく細い氷柱だったからナイフで相打ちになって落とす事は出来たけど…。
すっかり沈んでしまった満月に翡翠はぽんぽん、と頭を撫でてやった。俯いてしまっていた顔を上げると翡翠はまた撫でてくれた。
「満月、自分の能力を理解する事は大切な事です。今日戦って自分に必要なものが分かったでしょう。
今日は満月が勝った。今はそれで十分じゃないですか。」
「うん……」
「それに満月はこのバトルで勝ったのであの少年から一つ才を貰ったのですよ」
「え…?どんな才…?」
身を乗り出して聞いてくる満月に苦笑した。そして手元にあるモバイルを見せてあげる。それを見た満月は目を見開いた。
「こ、こんな才貰っちゃったの!?私!!」
「はい。どうやら貰っちゃったみたいですね(にっこり」
「で、でも!あの子こんなの使ってこなかったよ!?」
「まだ才の事は知らなかったのでしょう。良かったじゃないですか。」
「いやいやいやっ!!そうだけれどね!?そうだけどね!!!?」
満月は自分の才に新たに加えられた才を見てなんとも複雑な心境になった。中学生の女子がそんな事を出来ちゃって良いのだろうか…。
だけど、このバトルに勝ち残るにはかなり便利なものには違いなかった。
満月の新たな才。
それは―――――――
『回し蹴りの才』だった。
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