裏を返せば好きと言うこと

裏 を 返 せ ば 好 き と 言 う こ と






 頑張ってるその理由。





 夜、寝る前になってナガラは部屋へと戻ってきた。最近部屋に戻る時間が遅い。選考会まであと1週間を切っているのだが、近付く度にナガラの帰りは遅くなる。一日の半分のクリーニング屋の仕事を植木やハイジにやらせ、店長であるナガラは朝早く「じゃいってきまーす!」と言って店から出ていく。植木もハイジもミリーもソラも、誰もナガラの行き先を知らなかった。
 そして、ナガラが帰ってくるのはみんながもう寝静まった頃だ。夜遅く、時計の短針が右斜め上を指す頃合い。ガチャと静かにドアをあけて部屋に戻ってきたナガラが、その先にいた人物に驚いて目を細める。

「あれ、ハイジ。寝てないのかい?」
「………どこ行ってた」

 ナガラの部屋の窓際。そこは路地をよく見渡せる場所で、ナガラが帰ってくるまでそこでずっと見ていたのだろう。修行もして、クリーニング屋としても働いて、植木もハイジもだいたい疲れて眠る。そんなハイジが、寝ずにナガラの帰りを待っていたのだ。

「寝なきゃ体壊れちゃうでしょ。ちゃんと」
「ごまかすんじゃねぇ! どこ行ってたんだよ! 俺にも植木にも、誰にもいわねぇでコソコソと!」
「………」
「言えよナガラ! お前この数日、どこ行ってた!」

 ハイジがナガラに近付いて、シャツの胸ぐらを掴んだ。ナガラも肩を落としてその手をいさめようとしながら苦笑を浮かべる。

「ハイジ、苦しいから」
「…言えっ」
「………ハイジ。…苦しい」
「…………ックソ」

 ゴーグルの下からナガラの目線にハイジがギリ、と歯を噛み締めて乱暴にナガラのシャツから手を離して窓際へと戻っていく。
 その姿に気付いて、ナガラはザッと反動のようにハイジに近付いて、後ろからハイジを強く抱きしめた。

「な……っ!」
「………」
「ナガラ、何してんだ、離せよ…っ」
「ん、…あぁ、ごめん」

 なにがごめん? とハイジは思った。謝るなら最初からしなければいいものを、と思いながらもナガラはハイジを抱きしめたまま離そうとしない。突き飛ばして離しても良かったのだが、ハイジはそれができなかった。
 強く、ハイジの服を掴むナガラの手。
 後ろから包み込むように抱きとめる腕の強さ。
 ナガラの姿に、ハイジは眉を寄せて後ろを振り返ろうとしたが、ナガラは強くハイジを抱きしめてそれすら許さない。

「……疲れてるのかなぁ、オイラ」
「この状態を疲れてるで片付けんのかテメエ、殴るぞ」
「ハイジにひっついてると癒されるんだよねー」
「…………バカか」
「バカでいいよ」
「じゃあバカだ」
「うん」
「………」

 調子狂う。
 なにがなんだかわからないけれど、今のナガラはひどく調子が狂う。

「……ナガラ」
「……うん?」
「苦しい」
「我慢して」
「オイコラ! いい加減にしろテメエ!」
「じゃあ、ここから離れて」

 ナガラの腕が、片手がハイジの体を離れて窓際に触れた。
 ここから。窓際から離れて。そう言ったナガラの言葉に意味がわからないというように、ハイジは拘束する腕から抜けようとし、言う通りに窓際かは離れるそぶりを見せる。ナガラは抵抗せず、ハイジを腕から解放した。
 何がしたいんだ? とハイジが首を傾げると同時に、ナガラは帽子とゴーグルを外してハイジに近付き抱きしめた。

「…っ、おい、ナガラ…!」
「………せっかく、帰ってきたのにさ」
「………?」
「オイラのとこから、いなくならないで」
「…ナガラ……」

 ナガラの言葉を聞いて、ようやく理解する。
 植木がくる前。ハイジが親の残した借金返済のためにテクリン金融社で働いていた時のこと。その会社は横暴で、ハイジが上司の命令に逆らえば今の借金を100倍に増やすといった契約をむりやり押し付けたり、上司に歯向かえば傷つけられる。ハイジの筋をとおす姿勢を崩していく。
 だいたいケガをするハイジが、この部屋へやってくるのは決まって夜。それはナガラが提案したことで、手当をかねて泊まっていったり、手当だけだったり、夜の情事を交えたりと。気付けばそんな関係になっていて、ナガラは手当てをしながらテクリン金融社の状勢を聞き出し、ハイジを連れ帰る機会を伺っていたのだ。
 夜になってやってくるハイジは、窓から入って、窓から出ていく。
 先ほど窓際へ向かうハイジに、少し前のその情景を思い浮かべたせいで、ナガラはハイジを止めようと抱きしめたのだ。

「……俺はもうお前んとこの従業員だろ」
「………」
「いなくならねぇよ。…ナガラ」

 ハイジが隻眼でナガラを見据え、視線を少し落としてからそう告げた。
 その言葉に、ナガラはハイジを抱きしめたままで安堵したように肩を落とす。体をゆっくりと離して、ナガラは苦笑を浮かべた。

「ん。ごめんごめん。…疲れてるし、もう寝ようか」
「俺の質問は」
「一緒に寝てくれたら答えたげるかも」
「かもかよ!」
「ずっと起きててくれたんだろう。ほら、寝よう?」

 ナガラがベッドへと入って一人分余分のスペースを作れば、ハイジもしばらく悩んで、それからベッドの中へと入った。ナガラの腕がのびてハイジを抱き寄せる。狭いベッドで大人の体型が二人、ギシギシとスプリングが鳴くけれど、ナガラはハイジを抱き寄せたままで離さなかった。

「……で、どこ行ってたんだよ」
「………。ぐー」
「そうかそんなに殴られてぇか……!!」
「わータンマタンマッ、オイラの顔が人間の顔じゃなくなる!!」
「じゃあ言え」
「えーとねぇ……」

 拳を固めるハイジをなだめながら、それでもまだ言い渋るナガラの姿に、ハイジは眉を寄せたままナガラをにらみ付けた。
 拳を固めるハイジの姿に困ったような苦笑を浮かべていれば、ハイジの拳がほどかれてハイジがぐるっと寝返りをうち態勢をかえてナガラに背中を向けた。

「ハイジ……?」
「んなに………」
「?」

 ハイジが、ぽつりと言葉をこぼす。
 だけどそれが聞き取れずに、ナガラは首を傾げた。


「……そんなに、俺らが信用できねぇのかよ………」


 はっきりと聞こえた、ハイジの不満。その言葉にナガラは驚き、そして苦笑を浮かべたままでハイジの肩に額を寄せて抱きしめた。

「……違うよ」
「…じゃあっ」
「負担をかけたくないんだ。今の君らは、大事な仲間だから」
「……?」
「でも、そんなオイラの態度が……君を不安にさせてたんだね」

 ごめんね、と。優しいナガラの声が聞こえてハイジは黙った。
 黙り込んだハイジに、ナガラがぽつりと、つぶやくように言葉を並べ出す。

「プランをね、考えてたんだよ」
「……?」
「選考会で、優勝するために。敵会社の参加者とその戦力を割り出して、もし当たった場合、今のオイラたちの戦力で確実に勝ち抜くためにどういった戦い方をすればいいか。弱そうなところは無視して、前回の上位グループを中心に見て回ってたのさ」
「……ここ、数日。毎日か?」
「そう……。メモはいっさいないよ。オイラの頭の中に全部叩き込んである」
「忘れたりしないのかよ」
「オイラの記憶力がどんだけすごいと思ってんの。この区でオイラが知らないことなんてないよ」

 はは、と笑って告げたナガラの言葉は真実だ。ナガラは博識でこの区で一番と言っていいほどの大量の情報を持っている。
 敵に回せば厄介な男。ナガラはいつも仕事をさぼって町を徘徊したり、外回りで出かける時にご近所のうわさ話からちょっと言えない会社のトラブルまで全部仕込んでくる。それが、厄介だと言われるゆえんだろうか。

「……植木くんには、必ず“キューブ”っていうのを取り戻してほしいしね」
「………植木のためかよ」
「考えてみたんだよ」
「あ?」

 ナガラの手が、少しだけ強くハイジを抱き寄せた。

「大好きな人との記憶がなくなる。………考えてごらんよ。ミリーが君のことを忘れて、君がミリーのことを忘れるんだよ」
「あり得ねえ」
「そんなあり得ないことが、彼の世界じゃ起きてる。……オイラも、ハイジに忘れられたら……植木くんと同じことするかもしれないね」
「………」
「考えたら、……それは、辛いことなんだよね」

 ナガラの言葉が小さくなって、ハイジは目を細めて改めて考えてみた。植木は淡々としていて、でも絶対にやり遂げなきゃならないことがあると力強く言っていた。



 “大切なやつに会えなくなることがどんだけ辛いか、わかってるだろ!!”



 そう言った植木は今、“大切なやつ”に会えなくなっている状態だ。ハイジにとってのミリー、ナガラのように、植木は今、知らない世界でその大切な人たちのために戦って、メガサイトへ行くと言っている。
 危険など顧みず、突き進もうとしている。そんな植木をメガサイトへつれていくと、ハイジも約束したのだ。
 だけど、考えたこともなかった。
 こうして当たり前に顔を突き合わせている者同士の中で、積み重ねてきた記憶が消える。
 ミリーに「だれ?」と言われること。
 ナガラに「君は誰だい?」と言われること。
 大好きな人たちに忘れられるということが、どれだけ辛いことか。


「でも、オイラはそんなに強くないから。きっと植木くんみたいに前を向けないかもしれないな」


 忘れられたことに悲嘆するかもしれない。
 悲しくて、立ち直れないかもしれない。

「じゃあ……俺がなんとかしてやるよ」
「……え?」
「…お前がもし俺を忘れても、ミリーがもし俺を忘れても、俺が絶対にそれを取りかえしてやる」

 ごろ、とハイジがまた寝返りを打って、ナガラの方へと向き直った。
 片腕だけのばして、ナガラの胸に顔を埋める。そのまま自ら身を寄せてきて、ナガラはそんなハイジを強く抱きしめた。


「………忘れたなんて、言わせねえからな」


 そう告げたハイジの言葉に、ナガラは「…うん」と小さくうなずいた。
 安心したら眠くなったのか、ナガラはあくびを一つして、ハイジも同じようにあくびをし、どちらともなく深い眠りへとついていった。


 頑張ってるのは、多分、同じ境遇になりたくないだけ。
 一人辛い立場の彼を助けて、安心したいっていうのもあった。
 “忘れる”なんて、あまりにも辛すぎるから。

 それともう一つ。
 絶対に外に出たいのは――――――。












「…………うーん」
「………どーしよ」
「寝かしとくか?」
「だね。今日は届け物もすくないし、店番手伝うよ」
「サンキュ、ソラ」
「あとでハンバーガーいっぱいおごってもらおー」
「ワン!」
「だな」


 ナガラの部屋の前。
 聞こえる二つの寝息に、植木とソラは顔を見合わせて話を終わらせた。


END


ナガハイ妄想第一段。
うっわ微妙(死)
なんなの、ナガラはどんな位置なの。どんな風にすればいいのねぇこの人!! みたいな感じで困ってます(困るならちゃんとまとめてこいアホ助)
なんだかんだでハイジ一緒に寝ちゃってる。
当サイトのハイジさんは口では嫌がり全力で嫌がるくせにナガラが本気だったりちょっと弱気な面を見せるとコロっとなびいてしまいます(どんだけ意思弱いんだ)

ナガハイを書こうとすると一歩間違えればエロになりそう。なんでだ。(首傾げ)
やはりハイジさんが受け属性というか、佐野の位置にいるからかなぁ…………(それこそなんでだ)




ブラウザバックプリーズ。



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