「あ゛〜鬱陶しい…」 「そんな事言ったってしょうがないじゃん」 植木がキィと音を立てて椅子ごと佐野の方に向き直る。 一方の佐野は完全にダラケきっていて、床に寝転んでいる。 佐野の気分が優れない理由。 それは今日の天気にあった。 日本の特徴的な天気、梅雨。 丁度今はその時期で、今も雨は降り続いている。 植木はチラッと窓の外に目をやり、再び佐野に視線を戻した。 「佐野って雨嫌いだっけ?」 「嫌いやあらへんけど、ここまで降られると面倒や。出掛けられんし、これじゃあ修行もでけへん」 「俺はそうでもないけどなァ…」 「そら、植木は家の中でじっとしてたりするんは好きやろ?」 佐野が勢いをつけて起き上がる。 植木は小さく溜息を吐いて、先程まで読んでいた本に視線を戻した。 しおりを挟んで、その本をパタンッと閉じる。 そして、目の前の窓を開ける。 雨脚は弱まったようで、今はシトシトと降っているだけだ。 「それもそうだけど、雨が降ってる時って何か落ち着くんだ」 「落ち着く?」 「雨の音とか、土の匂いとか」 「ふぅ〜ん」 ボンヤリとした様子で窓の外を眺める植木。 そんな植木を見て佐野はグッと伸びをした。 会話が途切れた部屋には雨の音だけが響く。 佐野は目を閉じてその音に耳をすませた。 言われてみれば、落ち着くのかもしれない。 これが激しくなれば話は別だろうが、この程度の雨音なら悪くもない。 そんな事を佐野が思っていると、植木がボソッと呟いた。 「…それだけでもないけど」 「何か言うたか?」 「別、に…」 「何や意味深な言葉に聞こえたで?」 「…聞こえてんじゃん」 「まっ言葉のあやってヤツや。で、何て言うたんや?」 ニカッと笑う佐野に対して、植木は小さく嘆息した。 一度天井を仰ぎ、すぐに佐野に視線を戻す。 佐野はただ黙って植木を見つめるだけだ。 植木は再び嘆息して言った。 「『それだけじゃないけど』って言っただけ」 「どういう意味なん?」 「別にいいだろ、それくらい」 「気になっとるから聞いとるんや」 「知らない」 「あんな〜」 植木はそう言って視線を佐野から逸らした。 どうしても話す気はないらしい。 呆れたように佐野が言葉を発した瞬間、チリンッと涼しげな音がした。 佐野と植木が同時にその音源に目をやる。 それは窓の傍につってある風鈴だった。 透明感ある風鈴がチリンッチリンッと音を立てる。 「植木ン家はこんなトコにも風鈴つってあるんか?」 「姉ちゃんがそういうの気にかける性格だから」 「あの姉ちゃんか?」 「他にどの姉ちゃんがいるんだよ」 植木が再びキィと椅子をならして佐野の方に振り返る。 佐野は植木の様子を見て苦笑した。 それこそ言葉のあやだと言うのに。 些細な事を気にかけて妙にムキになっている植木がおかしかったのだろう。 笑いを噛み殺して立ち上がり、その風鈴をマジマジと見つめた。 植木の机にのせた片手で身体を支えて上半身を少し乗り出す。 「確かに涼しげやわな」 「そうか?」 「何や、ちゃうんか?」 「だって夜中に窓開けて寝ると風が吹く度になるから…」 「あぁ…それはちょお困るな」 佐野は指で風鈴を弾いて言った。 チリンッとなる風鈴は昼間は涼しげだろうが、夜中ともなれば別だろう。 眠っている最中にチリンッと音を立てられては安眠妨害でしかない。 チラッと佐野が植木の様子を横目で窺うと、植木は妙に真剣な表情だった。 植木が真剣な表情で見つめているのは佐野が弄っている風鈴ではなく佐野自身だった。 それが分かった瞬間、佐野の心拍数が跳ね上がる。 「植木?」 「…何だ?」 「何真剣に見つめとんのや?」 「べ、別に…」 「何や今日は妙に歯切れ悪いなァ。どないした?」 「だから…別に、何も」 「『何も』っちゅー顔しとらんぞ」 パッと視線を逸らされて佐野がムッと眉間に皺を寄せた。 心配半分と、揶揄の気持ち半分で植木の顎を掴んで強引に顔を自分の方に向かせる。 途端、驚いたように植木が目を見開く。 してやったり、と佐野がニッと笑うと植木の顔が一瞬で朱に染まった。 その植木の行動に気を良くした佐野はズイッと植木に顔を近づけた。 後数センチで唇同士が触れる、という距離まで近付くと植木の顔は益々赤くなる。 楽しそうに目を細めて佐野が囁く。 「俺に言えへん事でもあるんか?」 「べ…つに…つか、離れろよ……」 「えぇやん?それとも…何か困る事でもあるんか?」 「―――――ッ!」 言葉と共に佐野は唇同士が触れるまで後数ミリというところまで近付いて来た。 植木はこれ以上ないというくらいに顔を真っ赤にして瞳に薄っすらと涙を溜めている。 気のせいかもしれないが、身体が小さく震えているようにも見える。 フッと笑って佐野は植木の耳元で囁いた。 「さっさと言ってまえや」 「っ…!」 「言えへんような事でもないんやろ?」 佐野の囁きに耐えられなくなったのか、植木が蚊の鳴くような小さな声でボソボソと何かを呟いた。 と、佐野は衝動を抑えられずに少々強引に植木に口付ける。 植木は抵抗する気力すらないのか佐野のなすがままになっている。 佐野はチリンッという風鈴の音と、シトシトと降る雨の音を聞きながら植木の背中を緩く抱き締めた。 ◆◇あとがき◇◆ どうやら佐野君は耐えられなかったようで(笑) 耕助が佐野に何を言ったのかはあえて書きませんでした。 皆様のご想像にお任せいたします♪ 途中から何故か佐野がエロくなってしまって軌道修正するのが大変でした(苦笑)
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