「佐野」 「ん…うぉ?!」 名前を呼ばれて振り返った途端、何かが飛んできた。 佐野は人外的ともいえる反射神経でその何かをキャッチする。 それを受け止めた右手が微かに痛んだ。 手の中に収まるサイズだが、硬度も勢いもそこそこだったらしい。 痺れたような痛みを訴える右手を開いてみると、予想外の物が目に入った。 全く予想もしなかった銀色の煌き。 何度か瞬きを繰り返し、佐野はそれが飛んできた方向に目をやった。 この時期に相応しい雄大な薄紅色と、そこから見え隠れする緑色。 桜が満開になる時期にはあまり見られない緑色に、佐野は見覚えがあった。 「植木…?そんなところで何しとんねん?」 「…佐野って学ラン似合わないのな」 「しゃーないやろ。センセーらが『卒業式の日ぐらいちゃんとせぇ』言うたんやから」 「知ってるよ。卒業オメデト」 「…おぅ」 桜の枝に腰掛けていたのは、植木だった。 楽しそうに笑いながらプラプラと足を揺らしている。 久々に見るその姿に、佐野は緊張した。 そんな自分を誤魔化すように手の中の物を転がす。 体温が上がっているのか、手の中の物が妙に冷たく感じられる。 「そういえば…今日は植木んとこも卒業式やったんとちゃうんか?」 「そーだけど?」 「…何でここにおんねん」 「サボったから」 「『サボりはアカン』とか言うてへんかった?」 「今日くらい許されると思うし」 相変わらずつかみどころのない態度で植木は淡々と話をしている。 まるで、出会ったばかりの頃のようで佐野は不思議な気分になった。 初めて出会った頃の植木は、驚くほど淡々とした性格をしていたのだ。 よく言えば、沈着冷静。 悪く言えば、年不相応に淡白。 しかし、今でもそういう態度になる時がある。 それは決まって気恥ずかしさを誤魔化す時だ。 「それで、これは何や?」 「卒業祝い?」 「何で疑問系なんや…」 「…さァ?」 まるで佐野の問いをかわすかのように植木は曖昧な答えを繰り返した。 それは普通なら呆れを通り越して怒りを感じるような態度だが。 慣れきっている佐野には、そういった効果をもたらさなかった。 どうやって真意を問いただそうか。 そんな事だけが佐野の頭を占めていた。 すると、妙案が思いついたのか佐野が植木を見上げた。 「何でこれなん?」 「森が『プレゼントは自分がほしいと思う物をあげるのがいい』って言ったから」 「で、これはどこのカギや?」 「俺ん家」 「なッ…は、ァ…?!」 誘導尋問されている自覚があるらしい植木の頬は少しだけ赤味を帯びていた。 それ以上に、佐野の顔は真っ赤になっている。 本人が顔を俯かせている為と、植木が佐野から目を逸らしている所為で互いにそれに気付かなかった。 「(…進級祝いが妥当やんなァ…)」 内心、そう呟いて佐野は手の中のカギをぎゅっと握り締めた。
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